日本ではまごうことなきサッカー強国のように思われるスペインであるが、こと代表レベルに限れば、決してブラジルのようなそれではない。
代表人気の強い日本とは異なり、スペインではクラブチームの人気が大きく上回っている。
そもそも、スペインの代名詞の「ティキ・タカ」と呼ばれるパスを回すスタイルですら、2008年にEUROを制した故ルイス・アラゴネス以降のものだ。
それまではどちらかと言えば、両ウイングを主体としたクロスを志向するサッカーであったように記憶している。日韓大会でホアキン・サンチェスのクロスが割っていないかどうかが物議を醸したが、今のスペインはあの手のクロスは上げない。そんなスペイン代表の歴史が変わったのは、EUROの連覇 (2008, 2012)であり、何より2010年のW杯制覇なわけだ。
代表にさして興味のなかったスペイン人は変わった。
しかし、時は経った。当時の多くのメンバーは去り、タレント不足だの、前線のパンチが足りないだの、色々言われている。
また、監督のルイス・エンリケもクセのある人物だ。
「ルーチョ」と呼ばれる彼はレアル・マドリーからバルセロナへの禁断の移籍をした人物として知られている。監督としてはバルセロナにおける14-15シーズンの3冠があまりにも有名だ。そんな彼の代表は、レアル・マドリーファンからの反感を買っている。
バルセロナの選手を多く招集する一方で、レアル・マドリーからの選出が少ない、とマドリーメディアは日々彼に文句を言っている。
しかし、EURO2020で、彼は周囲を黙らせた。「過渡期」と誰も期待していなかった代表をベスト4に導き、人々は掌を返した。期待していない監督に掌を返すのは日本だけではないらしい。
「ルーチョ」の采配の特徴といえば、黄金時代の今も現役のメンバーを、セルヒオ・ブスケッツとジョルディ・アルバ以外は一掃し、若手主体のメンバー構成であることだ。彼は意図的にチームに階層を作らない。スタメンは毎試合変わるし、大会メンバーは大会中にほぼ使い切る。
日本メディアも騒ぎまくったペドリがエースなのはもちろんで、彼を含め数人は不動なのだが、それ以外は本当にスタメンが読めない。
さて、日本戦でルーチョが選んだスタメンは、彼の特徴が大きく反映されていたと言えるだろう。
中盤のペドリ・ガビ、ブスケッツというバルセロナの3人、GKのウナイ・シモン、左ウイングのダニ・オルモ、そして今大会はセンターバックとして起用されているロドリというコアメンバー以外、いわゆる「スタメンが読めない」部分を総入れ替えしてきた。
センターフォワードは1、2戦に先発したアセンシオではなくモラタ、右ウイングは今大会で(あえて言えば)サプライズ招集したニコ・ウィリアムスを持ってきた。センターバックのロドリの相棒にはラポルテではなく1、2戦出番のなかったパウ・トーレスを起用した。
サイドバックにはドイツ戦で起用したカルバハルではなくアスピリクエタ、1、2戦の不動のジョルディ・アルバではなく19歳のバルデを持ってきた。
ルーチョは消耗の多いサイドバックを大会中にローテーションをするのが好きだ。昨年のEUROでもやっていた気がする。詳しくは覚えていないが。
そんなスペインにとって日本戦は、まあ、正直なところ、もちろん気は抜けないが、第2節のドイツ戦のような決戦のようなムードではなかったのは確かだ。
スペインがグループリーグを敗退する可能性があるとすれば、コスタリカが勝利した場合に限られていた。
スペイン人はおそらくドイツ人は嫌いだと思うが、同時に彼らの厄介さは理解している。ドイツがコスタリカに負けるわけはない。嫌いだが、一定のリスペクトはあると思う。EURO2008決勝のあのフェルナンド・トーレスのゴールまで、何度も苦い思いをしてきたから。
加えて、スペイン国内では、2位突破を望む向きもあった。
というのも、1位突破すればベスト8の相手に、かなり高い確率でブラジルと当たることになるのが見えていたからだ。
ブラジルの山を避けて2位突破すべき、という意見は多かった。日本に負ければ、それは現実的となる。
もっともルイス・エンリケは前日会見でそのことを問われ、「90分までどちらの試合も0-0まで進んでいて、残り15秒で日本がゴールして、コスタリカもしたらどうする?あるいはドイツが5-0で勝っていて、私達は引き分けにしようとして、日本にゴールを決められたら敗退だ。私達は1位突破したい。優勝したいのだから全部のチームに勝たなければならない。」と発言し、それを否定していた。
実際に、スペインは早々にアルバロ・モラタのゴールでリードを奪い、まんまと試合をコントロールした。
彼らはパスを回せるので、リードすれば強い。むやみに攻めに行かなければよいだけだし、この試合に関しては引き分けでも首位通過だ。
モラタのゴールが決まった時点で、ほとんどのスペイン人は安心していたと思う。
そうした彼らの慢心が、後半の開始直後に現れた。緩慢に入ったスペインに対し、日本国内では全然期待されていなかった森保一監督は、ドイツ戦と同じように後半から選手を入れ替え、チームを変えようとした。堂安選手のゴールは後半わずか3分だった。彼らが慌てふためていている間に、田中碧選手がゴールを決めて、たちまち逆転を許してしまった。
スペインはリードすれば強いが、引かれた相手をこじ開けるのに苦労する。
7-0で圧勝したコスタリカ戦は先制が早かったから良かったが、力の劣る相手に対し、延々とポゼッションだけが上がるという展開は、よく見られる展開だ。
日本で最も身近な例といえば、昨年のさいたまでの東京オリンピックでのゲームだろう。あれはルーチョのチームではないが、ウナイ・シモン、パウ、ペドリ、ダニ・オルモ、アセンシオなど、多くのメンバーがあの時と共通している。なぜなら先述したように、このチームは若いからだ。
そんなわけで、スペインは森保一監督の采配に後手を踏む羽目になった。
さらに最悪だったのは、70分にコスタリカがドイツにリードを奪ったことだ。
この時点で、スペインはグループリーグ敗退が見えた。
もっとも、彼らの悪夢は3分しか続かなかった。カイ・ハヴァーツが73分にコスタリカから得点し、同点としたからだ。
85分にハヴァーツが得点し、スペインの突破はほぼ決まった。
正直なところ、85分からの5分間と7分間のアディショナルタイムで、彼らが死にものぐるいだったかといえば、おそらく違うと思う。
スペイン代表には2位で突破するメリットがあった。このままなにもしなければ2位でブラジルを避けられる。もちろん、彼らだって日本に負けるのは屈辱だからゴールは奪いに行くが、別に取れなくても良かったはずだ。私にはそう映った。
試合後、ルイス・エンリケ監督は、「他の試合は全然気にしてなかったから知らなかった。え、コスタリカが2-1?ファンタスティック。俺は知らなかった」と強がった。
今大会、ルイス・エンリケはTwitchにて、「ストリーマーデビュー」し話題となった。
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